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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8267号 判決 1957年2月26日

原告 末広商事株式会社

被告 国

訴訟代理人 岡本拓 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対して金二十九万五千四百円及びこれに対する昭和三十年十一月二十三日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、(一)原告は金銭の貸付を業とする会社であるが、従来貸付の方法として融資申込者に担保を提示させ原告の委任状を交付して担保物件につき根抵当権設定登記手続を為さしめその登記済証を原告に提出させた上、約定貸付金額を交付するのを慣行としていた。(二)しかるところ昭和三十年四月十八日訴外沢口清冶通称知至なる者から金三十五万円の融資申込を受けたので原告は前記慣行に従い右訴外人に対しその所有という横浜市港北区箕輪町百一番地所在家屋番号同町五番木造瓦葺平家居宅一棟建坪三十二坪七合五勺につき原告のために債権極度額金五十五万円順位第一番の根抵当権設定登記手続を為した上その登記済証を提出すべきことを要求したところ、右訴外人は同日横浜地方法務局受付第一三八三四号を以て右登記を完了し、その登記済証を原告に提出した。よつて原告は右訴外人に対し金三十五万円を交付し、消費貸借契約を締結した。(三)しかるにその後調査したところ前記訴外沢口清治は昭和十九年三月三十日に死亡しているものであること、及び前記登記手続は右清治の次男である知至なる者が自己名義の印鑑証明書の「知至」の部分を斜線抹消し、その下に「清治」と書加え、右訂正箇所に「沢口」なる印を押捺した上これを使用して恰も清治本人の申請なるかの如く仮装して為したものであること並びに原告は右知至なる者に前記金員を交付したものであることが判明した。(四)原告はその後右訴外知至から前記貸付金の内合計金五万四千六百円の返済を受けたが残額金二十九万五千四百円については前記抵当権設定がその権限なくして為された無効のものであり且その実行も不能であり又右訴外人が全く無資力であるため遂にこれを回収することができず右同項の損害を蒙るに至つた。(五)前記登記申請に使用された前記印鑑証明書は一見してその不適式であること明瞭であるから前記法務局の担当係員が右登記申請を受理して登記済証を交付したことには過失がある。しかして原告は前記の如く右過失による登記済証交付の結果前記金員を出捐し前記損害を蒙つたものである。よつて右は国の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて過失によつて違法に原告に損害を与えたものというべきであるから国家賠償法第一条に基き被告国に対し右損害の賠償として前記金二十九万五千四百円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三十年十一月二十三日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延利息の支払いを求めると述べ、抗弁に対し、原告に主張の如き過失のあることは争うと述べ、立証として甲第一乃至第三号証を提出し、右甲第一号証中名義人の訂正は沢口知至なる者が檀に為したものであると附陳した。

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、横浜地方法務局において主張の日時主張の建物につき主張の如き抵当権設定登記が為され右法務局担当係員が右の登記済証を登記申請者に交付したこと、右登記申請に際し訂正箇所ある沢口清治名義の印鑑証明書が添付されていたことは認めるがその余の事実は不知、被告国の担当係員に主張の如き過失あること及び原告主張の損害と右過失との間に因果関係ありとの主張は争う。と述べ、抗弁として、仮に被告に損害賠償責任があるとしても原告は金融業者として貸付にあたつては十分な調査を為すべきであるのに、訴外知至の言のみにより有効な抵当権設定と誤断して登記申請を為し金員を貸付けたものであるから此の点において原告にも過失がある。よつて原告の右過失は損害賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきであると述べ、甲第一号証に関する附陳事実は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、原告主張の日時横浜地方法務局において主張の如き抵当権設定登記が為されたことは当事者間に争いがない。

二、甲第一号証によれば本件登記申請に使用せられた印鑑証明書には原告主張の如き訂正がある事を認める事が出来、慎重な且つ熟練した登記官吏であるならば右の如き印鑑証明書に基く登記申請は之を受理しないであろう。従つて、右の点を看過して本件登記申請を受理した登記官吏には一応過失かあると為す事が出来る。併し、右過失と原告主張の損害との間には相当の因果関係があると為す事は出来ない。何故なれば原告主張の損害は訴外沢口知至が権限がないにも拘らずが其の亡父清治の所有であつた不動産に抵当権を設定し、之に基いて原告が金三十五万円を貸した為であつて、結局、原告主張の損害の原因は抵当権の無効にあるからである。登記官吏は実質的審査の権限を有しないのであるから右抵当権の無効に付責任を有しない事は言う迄もない。而して前記登記官吏の過失は右因果関係を中断して登記官吏自身の不法行為を構成するものでないのは勿論右損害に寄与して右訴外沢口知至と共同の不法行為者となるものでもない。右登記官吏の過失は独立のものであり、之に基く直接の損害は本件に於ては無効の、従つて、無駄な登記を為した為に要した登記費用のみである。然も、此の点に付原告は前示甲第一号証の如き印鑑証明書を使用して債務者たる前記訴外沢口知至と共に本件登記申請をしたのであるから右の点の損害に付ても原告は過失相殺の関係にあるであろう。

要するに原告の主張は其の損害に対する真の原因を誤つたものであり、登記官吏の過失は原告主張の損害に対しては作用せず、之を原告の損害の原因と主張する事は自己が欺罔された事に基く損害を之と関係のない第三者の過失に転嫁するものに外ならない。

三、よつて原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由かないからこれを棄却する。

四、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八十九条による。

(裁判官 安武東一郎 烏羽久五郎 内藤正久)

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